第131回企画展「木と木の実の考古学~縄文時代の低湿地遺跡と植物の利用~」関連講座②が開催されました。

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開催中の企画展に合わせて、11月7日(日)に関連講座②を行いました。

 関連講座②は、「栃木の貝塚研究最前線」と題しまして、栃木県考古学会顧問の竹澤謙氏と同会員の細谷正策氏にお話しいただきました。

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 現在の栃木県藤岡町付近には篠山貝塚をはじめとする、縄文時代前期(約6,000~6,500年前)の貝塚があります。この周辺は、縄文海進の影響で、古奥東京湾と呼ばれる海の最奥部として注目を集めている場所です。

 この周辺の貝塚研究には、足利出身の丸山瓦全の功績があります。明治時代から貝塚の存在を報告しており、栃木市藤岡所在の篠山貝塚の試掘にも携わったと考えられています。竹澤氏には、特に丸山瓦全の貝塚研究についてお話しいただきました。

 現在、古奥東京湾最奥の貝塚として知られている篠山貝塚ですが、今回は、さらに内陸へと入る、佐野市の旧越名沼周辺での貝塚痕跡について研究方法なども含め細谷正策氏にお話しいただきました。

 旧越名沼は、1952~1965年に行われた干拓工事によって埋め立てられ現在は消滅しています。場所は三毳山(みかもやま)の麓西側になります。この周辺では、貝塚に関する言い伝えや文献や残っているそうです。

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 細谷氏は、この地域の遺跡の発掘調査報告書を調べ、縄文時代前期(黒浜期:約6000年前)の竪穴住居跡の堆積土層の中で、土の中に白い粒が多く見られることに注目しました。この白い粒は、主に火山の噴出物と考えられることが多いのですが、旧越名沼周辺の黒浜期の遺跡から火山の噴出物は確認されません。

 では、一体この白い粒はなんでしょう?酸性の土壌で溶けてしまった貝殻の名残かもしれないというお話しでした。もしかしたら、旧越名沼周辺に小さな貝塚の跡がいくつもあったのかもれませんね。

 現在、縄文海進の影響が及んでいたのは栃木市藤岡町付近までと考えられていますが、さらに奥の佐野市に貝塚があったかもしれないというお話は大変興味深いものでした。

 貝塚の確認された場所以外でも、貝塚の痕跡を見出すことが可能となる新たな手法は、細谷氏のご研究の成果であると思います。

 今回の講座は、竹澤氏と細谷氏の掛け合いが面白く、とても良い雰囲気の中で講座が終了しました。

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 たくさんの方々にご参加いただきましてありがとうございました。

会期も残すところあとわずかとなりましたが、今後のイベントをお知らせいたします。

11月21日(日)13:00~17:00 要観覧料

トークフリータイム

資料を見て気がついたこと、感じたことなどを話しながら、展示室内にて気兼ねなく展覧会を楽しんで頂ける時間帯となっております。静かにご覧いただきたい方もいらっしゃるかとは思いますが、ご了承頂ければと思います。

11月23日(火・祝)14:00~14:30 定員20名 要観覧料

スポット展示解説

企画展示室に直接お集まり下さい。部分的に解説いたします。どこの解説をするかは当日のお楽しみです。

皆様のご来館をお待ちしています!

 また、博物館レストランでは、企画展に合わせて企画展限定メニュー「発掘カレー」が登場しています。第一弾は牛すじカレー、第二弾はキーマカレー、そして現在は、第三弾のタイカレーとなっております。この機会にぜひご賞味ください。

※21日(日)県博デー限定で、なんと牛すじカレーとタイカレーが選べるそうです!

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※発掘前です。中身は、食べてからのお楽しみ!

(人文課 中山)