学芸員とっておき講座「明治期日光のルイスの昆虫採集記」を行いました

2018年10月20日(土)から2019年1月20日(日)まで、テーマ展「ジョージ・ルイスと武田久吉」が当館で開催されています。

それに関連して、20181021日(日) 13301500に、表記の講座が開かれました。担当は、当館の栗原学芸員です。

今回の講座の内容を簡単にご紹介いたします。

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 イギリス人のジョージ・ルイス(1839~1926)は、本業は貿易商で、インドやスリランカ、中国、日本などを訪れています。日本には2回来日し、各地で昆虫を採集し多数の新種を発見しました。第1回目の日本上陸は1867年から1872年でした。

これは、1883年ルイスが日本で採集し記載したヒメオオクワガタです。

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日本には、甲虫をはじめ多くの昆虫が生息します。明治初期、それらのほとんどが新種だったようです。

当時の日本国内での移動は主に馬車と徒歩で、必ずしも旅行に快適な環境ではなかったようです。その中でルイスは精力的に採集を行い、標本を作成し、新種を記載していきました。たとえば、ルイスが研究したオオキノコムシの仲間では、50種中の43種が新種でした。

これは、ルイスが2度目に来日した1880年から1881年にかけて、日本中を歩いた軌跡を地図上に示したものです。

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日光には3回も訪れ、合計で48日間滞在し、お気に入りの土地だったようです。ルイスが昆虫を採集した日光の地名としては、中禅寺、男体山、女峰山、今市などがあげられています。ルリクワガタ、ツヤハダクワガタ、マダラクワガタなどの新種はこれらの地域で発見されました。また、ルイスが採集し、ロンドン自然史博物館などの研究者たちが新種として発表した甲虫も多数ありました。

ルイスは日光で採集した標本に基づいて、ツヤナガタマムシを新種として記載しています。しかし、その後日光では全く見つかっておらず、本当に日光にいるのか?という疑問が提起されていました。ルイスがロンドン自然史博物館に残した標本を実際に確認すべく、栗原学芸員は英国に渡りました。

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現地で詳細に形態の比較研究を行った結果、ルイスが記載に使った日光の標本はツヤナガタマムシではなく、ミドリツヤナガタマムシであることが判明しました。これも、記録と標本が残されていたからこそです。

ルイスは2200種に及ぶ日本の甲虫リストを作成しました。彼の研究成果は20世紀以降の日本における甲虫の分類学を飛躍的に発展させる基礎となりました。現在、ルイスの名前がついている昆虫は43種ありますが、そのなかの5種を以下に示します。

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 ルイスは2回目の来日の際には、約20か月間に日本国内を約6000キロも踏破して、採集を続けました。彼はおそらく、日本の甲虫の多様性に感動し、採集と研究の情熱を掻き立てられたのではないかと思います。イギリスと比較して、日本は多くの甲虫で10倍以上の種類数が生息しています。熱帯や亜熱帯地域と比べ、イギリスと日本は同様な形態をもった昆虫類が多く、ルイスにもなじみ深かったのではないかと思います。

 今回の講座は以上のような内容を中心としたものでした。さらに興味や関心を持たれた方は、ぜひ、栃木県立博物館まで足をお運びください。

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上は、現在のテーマ展示の入り口付近の様子です。

多くの皆様方のご来場をお待ちいたしております。    (自然課 浅羽)